1.はかなげな指揮官殿とアドレナリンな午前10時(続き)
いざ開戦
俺たちと軍事ドローンの機体を、サイバー空間で接合する巨大なマルチ・マニピュレート・システムであり、迎撃用戦術AIでもある『インドラ』だ。
その中央に、いまはまだぽっかり空いているが、俺たちに向き合うかたちでデスクがある。俺たちの指揮官殿のデスクだ。つまり、俺たち26名、準備万端、デスクにつき、指揮官殿の登場をいまかいまかと待っているわけだ。
「コツ……、コツ、コツ」よわよわしくブーツのかかとを鳴らし、指揮官殿がゆるりと姿を現した。
俺たちは息をのむ。ゴクリと音がしそうなくらいのきんちょう感だ。
指揮官はきゃしゃ。背は高いがはかなげだ。学年はどうだろう、まだ子供だ。だが俺たちより上のはずだ。いくつかは。
そして、おケイのつんとすましたいけすかない顔とか、ラパンの愛きょうはあるが子供っぽい顔だちではなく、品のある顔をしている。
そして、ひとことでいやあ、まあ、美人だ。長い髪で顔は良く見えないが。
そんな指揮官殿の名はミラ。
戦闘中、俺たちはミラから、ひとりひとり細かな指示を受け、そいつを道しるべに、敵を見つけ、迎撃することになる。
実際にドローン機をあやつるのは俺たちマニピュレーターだが、11名26機に指示をおくるのはミラなんだ。
味方と敵を掌握し、猛スピードで、めまぐるしく動きまわる将棋の駒をあやつっているわけだから、こんなのは人間わざじゃない。
ミラはとちゅうで、ちょっとつまづいた。なんだかたよりない部分もどきどきする。
ミラは、ようやくたどり着いたという感じで、ふわりと自分の席につき、となりにつき添ってきた鬼軍曹が、戦術AI『インドラ』の太いケーブルの束を、ミラの背中に接合する。
「ガシュッ……」という音が、耳までとどいたような気がした。
そのとたん、スイッチが入ったかのように、ミラの身体が「ぶるん」と波打った。髪の毛がゆれ、わけめから見える目がするどく光った。
俺の背中がぞくっと総毛だった。
そして、ミラが叫んだ。
「新生憲法九条の名のもとに、D班、全機出撃! すべての敵をせん滅せしめよ!」
「おーっ!」午前十時、アドレナリンがほとばしる。
俺たちは、いや、俺たちの愛機は浮上し、敵機と遭遇するクロスポイントめがけて、急行する。サイバー空間でも、そしてリアルなわが国の空でも。
俺たちの目の前、弱々しくはかないミラのすがたはそこにはなく、口元に笑みをたたえ、自信に満ちあふれ、いまや、ふてぶてしいという言葉がふさわしかった。
りりしいミラの姿に見とれていて、コンマ数秒、でおくれた。
(くそっ、俺としたことが!)
右を見ると、ラパンが俺を抜きさり、ばかにしたように笑った。
左を見ると、おケイが、意味ありげに口もとで笑った。
ちくしょう、なんだってんだ。
俺は気を取りなおし、速度を上げた。
陣形はペンタゴン(五角形)と、ミラから指示が出ている。俺の『ねこちゃん』は右前の角。すかさず、
― 『ねこちゃん』出すぎるとやられるぞ!
ミラから叱責がとぶ。
「ほら、怒られたのし」とラパンがからかう。
「ふん」俺は速度をゆるめた。もうすこしだ、交戦となれば、自由に『ねこちゃん』をあやつれる。
― 敵機は200機。安心しろ、一機あたり10機もない。
いつものようにスナイパーが口火をきり敵爆撃機をたたく。ついで重火器勢が弾幕をはり、その陰からファイター勢が接近戦に持ちこむ。敵の手薄なエリアはわたしから指示する。いいな。
「ラジャー」
いうやいなや、われらがD班班長、『生き残りの』セルボさんのドローン、その名も『ザ・スナイパー』の長距離銃が火をふいた。
開・戦・だ。