2.親の遺志をつがなければならない子とたそがれの午後5時(つづく)
ミラ様はセキュリティ・ライブラリーにいた。
機密にかかわる本(といってもデータだが)はここでしか見れない。ほとんどひとけがない。
そ知らぬ顔でとおりながら確認すると、ミラ様は大画面で、なにやら複雑な設計図面を見ている。年はわたしたちと、そんなに違わないはずだけど、やっぱり頭のできがちがうのだ。
私も『軍事ドローン保守マニュアル』なんかを借り、ミラ様の見える位置に陣取った。大画面の影で、わたしの姿は見えずらいはず。
話しかけてみたい。でも、勇気がでない。わたしらしくない。ぜったい。
わたしは気になっていたんだ。今日の戦闘のこと。セルボさんの調子が悪くなったのは、どうやら赤いドローンのせい。それはひとまず了解。
でも、それを助けに行かせるミラ様の指示が、すこーしだけ、遅れたんじゃないかな、って。
疑問におもったら解決せずにはいられない。
それがわたしの性分。
よーし、勇気を出していくか、そう思った時、こんもりとした人かげが、ミラ様にちかづくのが見えた。
やばい、鬼軍曹だ!
ふとっちょの鬼軍曹がミラ様のところに近づいてきた。
わたしは画面の影に、からだをすっぽり納め、すがたをくらます。まるで忍者だ。
アンテナを立てる。とはいっても、実際のアンテナではなく、気持ちの上でのはなし。
目は画面を向いているけど、読んじゃいない。読んだふりをして、適当なタイミングでページをめくる。それだけ。
なになに……なんだって?
「おいおいミラ、かんべんしてくれよ、今日の指揮はどうしちまったんだ? お前らしくもない」と鬼軍曹が大きな腹をつきだして、ミラにからみはじめた。
「なにかありましたっけ?」ごく冷静にこたえるミラ。
「なにかじゃないだろうよ、ええ? お前さんの落ち度に俺が気づかないとでも思っているのか? そこまで老いぼれちゃいねえぞ」
ちなみにわたしたちは鬼軍曹と呼んではいるが、実際には大佐。それなりに、いや、かなりえらい。
「右翼前方での支援の遅れ。そのことをおっしゃっている?」
「そうだ。わかってるじゃねぇか」
「あれはわざとです」
「わざとだと?」
「その証拠にちゃんと敵をせん滅できたでしょ?」
「だが、一機失っただろうが」
「皮を切らせて、骨を断つ、ですよ。わざと遅れることで、敵を引きつけることができた。そのおかげで16機墜とせました。『インドラ』のシミュレーションでは、13機だったんですよ。3機多いでしょ」
「それは偶然だ、結果論だ」
「結果がすべてです。わたしの判断が戦術AI『インドラ』を超えた。それが明白な事実です」
鬼軍曹はミラ様に近づき、声をひそめた。だけどわたしの地獄耳には通用しない。
「お前が寝おちしたのも事実だ」
「はっ、何を証拠に! 寝るわけないじゃないですか! 戦闘中ですよ!」
「そうだ、俺だってそう思いたいさ。だがな、お前は寝た。戦闘中に寝たんだ」
「証拠を出してください」
「いいのか?」
すこしたじろぐミラ様。