2.親の遺志をつがなければならない子とたそがれの午後5時(つづく)
鬼軍曹はたたみかける。
「戦闘中の中央管制室の映像は記録されているのはお前も知っているだろう? それを見れば明らかだ」
「……みるつもりですか?……」
「そんなひまじゃねぇよ。知りたいのはそこじゃねぇ。ちゃんときまっただけ、接合しているのかってことよ」
「してるじゃないですか、あなたがつなぐのですから、おわかりでしょう?」
「たしかにつないでいる時間は、戦闘時間をのぞいて、毎日規定どおり8時間だ。時間はな。だが、お前、何か小細工して、精神活性薬液の接合注入をとめているだろう?」
「そんな馬鹿な」
「隠してもむだだ。そんなことは『インドラ』にサイコ・ケミカルの消費量をきけば、一発でわかるんだぞ」
「とめていません」
「なぜとめた」
「だ・か・ら」
「なぜとめたかときいているんだ!」
「ケミカルを接合注入すると、い、胃がむかむかするんです」
「自覚が足りん。この国を守れるかどうかは、お前にかかっている。この侵略戦争を単なるおもちゃのおとしあいとでも思っているのか? いったん、制空権を握られたら、国民が住んでいる土地に爆弾を落とされることになる。俺たちの同胞の頭の上に爆弾がうじゃうじゃと落とされるんだ! そうだろう?」
「それは、はい……」
「だったら、胃がむかむかするくらいで、ケミカルを止めるな。お前が24時間365日、侵略軍迎撃の指揮をとれるのは、『インドラ』が調合するケミカルのおかげだ。お前が倒れれば、それはすなわち、国民の死だ!」
「わかってます」
「わかっているなら、自覚をもて、自覚をもって生活を律するんだ!」
「完璧には無理です! わたしだってときには……」
「お前、お亡くなりになった前首相、お前の父親にも無理だ、という言葉を吐けるのか? 全国民の運命をお前に託した父親を裏切れるのか?」
「でも、でも……」
「そうじゃないだろう、そうじゃないだろう、いいかお前には才能がある。国民を守り切る才能がある。お前の人生は、その才能を使って国民を守る一生なんだ! わかったか!」
「まあ、そこまで追い詰めるな、ガモウ大佐。ミラはまだ子供なんだ」図書館の入口から、細身の中年男性が姿を現し、そういった。
見たことがある。あれは、しゅ、首相だ!
鬼軍曹が直立不動になった。
「コガ首相、わざわざ基地まで」
「基地に来るのも、最近はごぶさただったな。ミラとも久しぶりだ」
ミラは首相の横にピタリと寄りそった。
首相のかげから鬼軍曹をのぞきみるように。
「わたしとガモウ大佐は、ミラの父である前首相のモチヅキさんから、ミラと『インドラ』を託された。そして同時に、この国の平和を任されたんだ。それはなにも、ミラを頭ごなしに追い詰めて、戦争に駆り立てることばかりじゃないだろう?」
「ええ、そりゃそうですけど」とガモウ大佐。いや、やっぱり鬼軍曹……がうめいた。
「ときには、息抜きが必要さ。いや、息抜きというより、年相応の子供に戻る時間だな。そんな時間も必要だ。そうだよな、ミラ」
ミラ様は、子供っぽく、こくりとうなずいた。
「ミラ、悩んだり、苦しいことがあったら、連絡をしてほしい。ためこまないで。わかったね」
ミラ様、ふたたびうなずく。
「わかったら、もう寝なさい。また、夜中にスクランブルで起こされるぞ」
ミラ様、礼をして図書館を立ち去っていく。
「ガモウ、いま、あの子につぶれてもらっちゃ困る」
「ただ、あまり甘やかすのもどうかと。どうしたって、厳しい生活を耐え抜いていかなければならないんですから。平和がくるまでは」
「まあ、飴とムチさ。うまく使うことだ。まかせたぞ」
「は、はい……。私も、モチヅキさんの遺志だけは、なんとか引き継いで、かなえたいので」
「私もそれを望んでいるよ、それじゃあな」
鬼軍曹は首相の後ろ姿に敬礼した。首相はその場を立ち去っていった。 ただ、首相が立ち去り際、ちらっと私の方を見たような気がした。ちょっと、いやだいぶ、背筋がぞくぞくっとした。かなり冷たい印象の目つき。いやな目つき、だった。
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