昨日は東京出張でした。
帰りは決まってビールとナッツを買い、時間と財布の余裕があれば、一冊の本を買うことを、以前報告しました。
今回は上野の駅ナカの大きい方の本屋をぐるぐると歩き回り、ようやく1冊の本を見つけました。
それは、田中小実昌さんの「ひるは映画館、よるは酒」(ちくま文庫)という本です。エッセイ集ですね。
うーん、田中さん? ちょっと知らないなあ。どんなひと?
ええっとね、田中小実昌さんは、少し前の時代のミステリの翻訳家ですし、小説も書きます。
直木賞や谷崎潤一郎賞もとっているので、かなりすごい作家です。
田中小実昌さんはコミさんという愛称で呼ばれていました。
たらふくは、今までちゃんとコミさんの本を読んだことはありませんでしたが、望洋としたやさしそうなおじさんの顔の下から、少し厳しい地金がちらっちらっと垣間見えるような人というイメージでした。
今回のこの本は、東京のあちこち、ときには海外まで映画をもとめて旅を繰り返すおじさんの行動と、そのときおりで感じたことと、もちろん映画の感想とが詰め込まれたエッセイでした。
少し前の時代の人といったけど、このエッセイ集は70年代の終わりから80年代終わりのあたりまでのことが書かれています。
だから、スピルバーグも出てくるし、『スタートレック』とか角川映画の『戦国自衛隊』なんかも出てきます。
コミさんは1925年生まれだから、当時55~60歳くらい。でも、自分のことをおじいとか、もうろくするのも悪いものではない、なんていうし、戦後の思い出話も多いので、本から感じる時代はもっと前の時代のイメージがします。
それなのに、わたしにもなじみのある『戦国自衛隊』とかも出てくるので、ちょっと頭が混乱してしまう。
この本の中でコミさんは、とにかくあちこち出かけていく。
映画を求めて、池袋、蒲田、大森、練馬、渋谷……。
当時はこんなに映画館があちこちにあったのか、とちょっと目からうろこ。
蒲田のここやあそこ、大森のXXや〇〇などと書いてあるけど、蒲田に映画館ってあったっけとか思ってしまう。
そして、コミさんはバスに乗ることが多い。どこへ行くのでも、バスで行く印象です。
たらふくは、生まれも育ちも北海道なので、バスといえば幹線道路をひた走る長距離バスか、観光バスに決まっていました。
だから都会の街の中を、ちょこちょことつなぐバスに乗るのが苦手。ちょっと怖い。どこに行くんだろう? どきどきします。
カミさんにきいてみました。カミさんは成人するまで東京暮らし。
「ねえねえ、子供の頃は街に映画館多かった?」
「そうねえ、なんかあちこちの街に、小さな映画館がたくさんあったような気がする。ただ、いくのは新宿の映画館だったけど」
「ねえねえ、しょっちゅうバスに乗った?」
「うん、乗った。都バス。でも都バスって変でしょう?」
「変? なんで?」
「だって、トバスって言って、東京都のバスって思い浮かぶ? 飛行機を飛ばすとか、そういうことをイメージしない?」
「いや、東京都のバスを思い浮かべたよ」
「そう……」ちょっと残念そう。
まあ、そんな感じ。だから、このコミさんの本はカミさんのように東京育ちの人が読んだ方が懐かしくて、いろいろ思う所があるに違いありません。北海道で育ったわたしなんかよりも……ね。
コミさんがすごいのはふたつあって……
ひとつは、映画の批評が手厳しいということです。
これが冒頭でたらふくがいった、「少し厳しい地金がちらっちらっと垣間見える」という感想につながるのかも。
世界の黒澤でも容赦ない。
たとえば名作「七人の侍」。その最後のシーンで、鳴り物入りで田植えするのは、おかしいとケチをつけます。田植えは楽な労働ではないし、食うや食わずの農民たちがどこで笛なんかを学んだのか……と。
これは観客を甘くみているか、「でなければ、映画屋さんたち自身のお頭(おつむ)が甘いのか」(「ひるは映画館、よるは酒」より)とバッサリ。
もうひとつは、コミさんは海外でも映画館を求めてバスに乗ることです。
ダブリンの郊外で、あるかどうか定かじゃない映画館を求めてバスに揺られるシーンが出てきます。そして、結果、映画館は見つからない!
そんなあやふやなバスの旅は、とても怖くてたらふくにはできません。
昔、イギリスの仕事をしたことがあって、イギリス駐在の営業さんと、ニューキャッスル近郊のお客さんを訪ねたことがあります。
ふつうはニューキャッスルの空港からレンタカーで移動するのですが、その営業さんはバスで行くという。
小柄でバックパックをしょってて、沈着冷静。ひょひょうと仕事を進める印象的な人でした。思い出すといまでもふわっとしあわせになれるそんな愛すべき人柄でした。
その彼がバスで移動するのが趣味ということで、バスの路線を周到に調べてきて、わたしをお客さんのところまで連れていってくれました。
わたしも、任せる人がいれば、なんとでもなれ、と頼り切ってしまう性格だから、ぼんやりとバスから外のちょっとかわいい感じの家や庭を見ているうちに着きました。
出迎えの英国人たちは「おまえたちここまでバスできたのか! そんなやつらは見たことない」とたまげていました。わたしはすこし、誇らしい気持ちがしました。
残念なのは、いまでは、その営業さんの名前をまったく憶えていないということです。会ってみたいと思うのだけど。
そんなこんなで、コミさんの本、まだまだ話したいことがあります。
コミさんの行く場所として、東京でのわたしの、数少ないなじみのあるところが出てくる、といったこととか、この本にでている池袋シネマロサでみた映画の話とか、出てきていないみたいだけど飯田橋ギンレイホールの話なんかを、もう少し書きたい。
だけど、今日はもう書きすぎました。
また、次回にするね、それではね、チャオ!